【101】 崎戸炭鉱、謎の俳句小父さん


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「 これ、子供らよ、騒ぐでない。  小父さんが俳句を教えてやろう。  静かに聞いていなさい 」
俳句小父さんは、例によって、子供らを前に並ばせた後、ピンと横に張った立派な髭を おもむろに両手の指でしごきながら、やおら口を開くのである。
「 『 いつ見ても 左巻きなる 我が野糞かな 』 、どうだ、分かるかな、遠足に行った時の俳句だよ。 『 いつ見ても 左巻きなる 我が野糞かな 』、 ハイ、皆も言ってごらん 」
「 はーい。 いつ見てもぉ 左巻きなるぅ 我が野糞かなぁ! 」
「 そうだ、良く出来た。 諸君は、立派な少国民だ。 今度、遠足に行った時に試してみなさい。 良い子のは 左巻きになるんだよ 」
俳句小父さんは、俳句を 2,3 回 唱えさせた後、ひとしきり説教を垂れ、テラテラと光る頭に手拭いを載せて 悠然と引き揚げて行くのであった。
戦時中、私が 崎戸幼稚園に通園していた当時、崎戸炭鉱の役付職員専用風呂での ひとコマである。

崎戸の昭和国民学校教員の家族は、特別に 利用することが出来たので、私達兄弟が毎日通っていた風呂である。
他に会社役職員の子供 2,3人も常連で、風呂友達になっていた。
崎戸炭鉱の風呂は、水不足のため、奇数日は海水を沸かした潮湯であった。
大して広くもない、大人なら 一度に7、8人ほどしか入れないていどの湯船ではあったが、日中は ほとんど利用している人もなく、子供らは飛込んだり潜ったりして プール代わりに使い、我ら少国民の天下であった。
冬は、掛かり水を入れた水槽に 幾つ数えるまで入っておられるかを競争した。
冷たく凍えそうになり、我慢できずに いきなり立ち上がり、いやと言うほど 上の蛇口に頭をぶっつけ、大きなコブを作ったこともあった。

ところで、この俳句小父さんは どこの何者か 誰も知らなかった。
月に 2 回ほど ふらりと現れ、湯船に浸かったままで、いつも同じ口調で、同じ俳句を教え 同じ説教をした。
立派な口髭に威厳があり 初めは恐かったが、太鼓腹も ぶらぶら下げているものも でっかく 愛嬌があったし、話は面白く親しみ深かったから、子供らには 「 俳句小父さん 」 と呼ばれ 人気があった。
だから、俳句小父さんの一言で、子供らは静かになり、素直に 流し場で正座して言うことを聞いたのである。
「 ここで掘っている石炭はね、黒いダイヤモンドと言って、お国の大切な宝物なんだよ。 おじさん達はお国のために頑張っているのだ。 君たちも、他人に迷惑を掛けないで、大きくなったら、他人のため お国のためになる人物になるのだよ。 分かるね・・・ 」
はっきり覚えてないが、こんなことを言っていたような気がする。。

俳句小父さんは、「 俳句 」 と言っていたが、5,7,7 で、季語もないし、何やら 可笑しい句ではある。
このほか、、「 俳句 」 なるものを 数句教えてくれたが、この一句だけが印象に残り 覚えている。
ちなみに、遠足に行った折、野ッ原で 2,3 回試してみたけれど、右にも左にも、巻いたのを見たことはなかった。

 しかし、折角だから ここで一句
  俺に似て 左巻きだよ 野糞まで (快団爺)


  ※ 冒頭の写真は、崎戸幼稚園終了記念
  ※ 崎戸炭鉱は、三菱系の炭鉱で、長崎県西彼杵郡崎戸町  (現 西海市) にあった。

この記事へのコメント

仮分数
2008年06月28日 12:11
崎戸懐かしいです。
東京の文化が直接入り込む所です。
映画も早い上映。洋画が氾濫しました。
ピアノ レコード等も多かった。
新文学つまり左翼文学の宝庫でもあった。

今 行くと 実に懐かしく 思い出す
千畳敷で取れる 牡蠣は
小さくて美味しい
おばちゃんがアルミの弁当箱に取っておられた。
無伴奏ソナタ
2008年06月29日 18:21
実は、少しお下品な内容なのですが、快団爺の軽妙な語りで、崇高な小話にまとめられているのは、さすがです。

もちろん小父さんも面白いけれど、素直に 流し場で正座して言うことを聞いている子供たちの姿を想像すると、何故だか、ほのぼのとした気持ちになります。
さぶ
2008年06月30日 20:17
 風呂の屁は 右と左に 泣き別かれ
(詠み人識らず)の句を、'06年10月、このブログで拝見しました。。
これは、謎の俳句小父さんの句ではありませんか?

俳句(?)は別として、この小父さん、なかなかの人物ですね。
子供たちも素直で、微笑ましいですが、こんな小父さんは、今日日少なくなりました。
心に残る良い話です。
さぶ
2008年06月30日 20:37
追伸
幼稚園の写真、快団爺様を発見しました。
園長先生らしき人と、中央の園児一人だけにはモザイクが掛かっていないので、きっとこれでしょう。
それにしても、田舎なのに(失礼!)、私達の年代で幼稚園があるとは、珍しくもまた豪儀なものですね。

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